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名 前 かも美
生年月日 明治30年(1897年)4月1日
年 齢 120歳(既婚)
出生地 京都市・鴨川(賀茂川・加茂川)河畔
趣 味 畑作り、料理(地元のおいしい野菜をよく使う)
好 物 山之上の梨、八百津の栗きんとん、かも丸アイス(いちご味)
特 技 歌、踊り
好きなことば かもは美しい
チャームポイント ピンクでハート型のかわいい髪型
歌劇団で鍛えられた美しい歌声
前掛けにはいつも”みのかも定住自立圏”のマーク

 

 かも美の生い立ち・かも丸とのなれそめ
 明治30年(1897)

 かも美、京都市・加茂川河畔に生まれる。

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 大正4年(1915)

かも美、18才のときに芸能への道を志し、大阪の少女歌劇団に入る。

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 昭和20年(1945)     3月10日の東京大空襲に続き、3月13日にはかも美が住む大阪も大空襲を受けた。難を逃れたかも美は、被災した人々を勇気づけるため、歌劇団の有志たちとともに焼け野原で歌や踊りを披露する日々を過ごした。
 6月に再び米軍が飛来、空襲を行った。この空襲によって歌劇団の仲間たちを失った。希望を亡くしたかも美は、大阪の焼け野原の中で意識もうろうとなり、力 を振り絞ってあてもなく飛び立ったが、岐阜県に差し掛かったところでついに力尽きて墜落した。その場所は、加茂郡蜂屋村の加茂神社辺りであった。
 この頃、蜂屋村の瑞林寺には都会(主に名古屋)からたくさんの子どもたちが疎開していた。そこでかも丸は、自宅で採れた里芋や野菜を、時々瑞林寺にいる子 どもたちに届けていた。この日も蜂屋へ向かっていたのだが、途中加茂神社で気を失い倒れているかも美を発見した。かも丸はかも美を背負うと、瑞林寺に連れ て行き、一生懸命かも美の看病をした。やがて疎開の子どもたちとも遊べるまでに回復してきたかも美であった。

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やがて終戦となり、疎開の子どもたちはそれぞれ故郷へ帰ったが、行く当てもないかも美は残った。かも丸の優しさと大きさに惹かれはじめていたこともあった。かも丸もまた、この京訛りの心優しいかも美のことが…。

 昭和25年(1950)

 坂祝村深田が太田町に分離合併して以降、市町村合併(昭和の大合併)が進み始め、かも丸はその調整を図るため加茂郡町村内を走り回った。

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 昭和29年(1954)

 太田町をはじめとする8町村が合併、美濃加茂市が誕生した。大仕事を終えたかも丸は、翌年ようやくかも美にプロポーズし、かも美はこれを受け入れて二人は結ばれた。

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 現在

 京都で生まれ、都会で華やかな生活をしてきたかも美であったが、かも丸の妻となってからは畑仕事に精を出す日々を続けている。かも丸に常々言われている言 葉がある。「国づくりは土を耕すことから始まる」と・・・。今日、定住自立圏構想を推進している美濃加茂市とその周辺町村であるが、かも美は若かりし頃暮 らした都会で得たノウハウをこの圏域づくりに役立てたいと考えている。

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平成24年(2012) 4月

イメチェンで髪型を変えてみた。
マンガ 『かも美、美容院にいく』

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※かも丸とは47才差の年の差カップルである。
※明治30年4月1日は、郡制が施行されて加茂野村や坂祝村・川辺町等ができた年月日。
※この話は史実を元にしたフィクションです。